はじめに |
近年、脛骨後方傾斜(PTS)が前十字靭帯(ACL)再建術の術後成績不良因子の一つとして注目され、過去の屍体膝を用いた基礎研究および近年の臨床研究の結果から、高度のPTSが脛骨前方偏位の増大をもたらすことが報告されている。我々は過度のPTSを有し、軽微な外力で再受傷を反復している若年男性のACL再建術後再々損傷に対して一期的にACL再々再建術と脛骨anterior closing wedge osteotomy(ACWO)を行なった一例を経験したので報告する。 |
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症例 |
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19歳男性。16歳時にスキーで転倒し初回受傷。ハムストリングを用いた初回ACL再建術を他院で施行された。術後7ヶ月でサッカーのパス回し中に再受傷し、初回再建後1年2ヶ月で骨付き膝蓋腱を用いた再々建術を施行された。しかし、再々建術後1年でサッカーのアップ中に再々受傷し、当院初診となった。基礎疾患、既往歴はなく、母のACL損傷の家族歴を有していた。初診時、膝関節の水腫はなく、可動域は-3/150度と軽度の屈曲拘縮を認めた。徒手的な前方不安定性は明らかで、pivot shift testはgrade 3であった。片脚立位X線側面像では脛骨前方偏位量 (Anterior tibial translation; ATT)が患側11mm、健側2mm、健患差9mm(図1)でPTSは内側13°、外側17.2度(図2)であった。CTでは前回作成された骨孔は解剖学的位置とオーバーラップしており、MRIでは再建靭帯の消失と内側半月板損傷(Ramp lesion)を認めた。受傷機転が全て軽微な外力で生じていたこと、高度なPTSを伴い、脛骨の前方偏位が生じていることから、ACL再建術単独では制動困難と判断し、ACWOと骨付き大腿四頭筋腱を用いたACL再々再建術を計画した。ACL再建は患側の骨付き大腿四頭筋腱を使用し、前回の関節内骨孔開口部を一部共有する必要があったが、骨孔作成角度を変更しOutside-in法で骨孔作成する方針とした。また、ACWOはACL骨孔作成に支障を与えないように脛骨粗面下の骨切りでPTSを9度減じる計画とした。手術は骨付き大腿四頭筋腱を全層採取した後、関節内処置を開始し、内側半月板のramp lesionをall-inside suture縫合した。次いでACL再建の骨孔作成まで行った後に、ACWOへ。脛骨正中やや内側に8cmの縦皮切を加え、脛骨粗面下よりK-wireを刺入し、後十字靭帯付着部やや遠位がヒンジポイントとなるように、ボーンソーとノミでACWOを行った。骨切り後、愛護的に伸展ストレスを加え、骨切り部を閉鎖した。次いで、ACL再建の骨孔と干渉しないようにdouble plate固定 (Olympus社製 内側:Tris plate、外側:Tris small plate T型)を行ない(図3)、最後に大腿骨側に膝蓋骨側の骨片を留置してinterference screw固定、脛骨側はscrew postを用いて、20度屈曲位manual maxで固定した。術後合併症はなく、術後8週で骨癒合。術後6ヶ月のX線ではPTSは内側4.5°、外側8.6°に後方傾斜が減じられていた。また、ATTは術前11mmから術後6ヶ月時には1mmへと制動されており(図4)、同時期のMRIでは脛骨前方偏位の再燃に伴う移植腱とintercondylar notchのroof impingementは認めなかった。現在、術後7ヶ月と短期経過ではあるが、関節内水腫および過伸展を含めた膝関節可動域の左右差は認めず、Lachman testおよびpivot shift testでの徒手的な不安定性の再燃は認めていない。 |
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考察 |
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元来、脛骨高原は後方へ傾斜しているために膝関節への荷重負荷時に大腿骨に対して脛骨が前方へ偏位する力が加わる。ACLまたは移植腱は膝関節に生じる剪断力に抗い脛骨の前方偏位を制動するために常に応力が生じる環境下に存在する。 過去の屍体膝を用いたバイオメカニクスの研究では軸性荷重負荷でPTSに伴い脛骨前方偏位が生じ1)、また立位や歩行時ではACLに生じる応力が増大することが報告されている2)。一方で、PTSを減じる骨切り術を行うことでACLや移植腱に生じる負荷が有意に減少するとする報告3)も散見される。これらの基礎研究の結果に合わせ、12度を超えるPTSはACL再建術後の成績不良因子とする臨床研究の報告4)がなされている。
近年ではrevision症例を中心にACWOとACL再建術を行った報告が散見される。目標とすべきPTSの角度は定まっておらず、未だ報告された症例数は少ないものの、いずれも短期から中期での良好な臨床成績が報告されている5)。本症例はACWOでのcorrection errorが生じても脛骨後方傾斜が残存し、生理的な膝関節のkinematicsを温存する意味で内側PTS:3-4度、外側PTS:8-9度を目標とし骨切りを行った。本症例は未だ短期経過ではあるが、脛骨前方偏位の制動がなされており、複数回のrevision症例や長期間の脛骨前方偏位に伴い解剖学的ACL再建を行なっても早期の移植腱破綻が予期される症例においてPTSの増大を認めた場合、ACWOの併用は有用な可能性がある。 |
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結語 |
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過度のPTSを有する若年男性のACL再建術後再々損傷に対し、一期的にACL再々再建術と脛骨ACWOを行なった一例を経験した。短期経過では脛骨前方偏位や不安定性の再燃は無く、PTSがACL不全に至る主因と考えられるような症例に対し本術式が有用である可能性があるが、今後の注意深い経過観察が必要である。 |
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参考文献 |
1) |
Torzilli PA, Deng X, Warren RF, et al. The effect of joint-compressive load and quadriceps muscle force on knee motion in the intact and anterior cruciate ligament-sectioned knee. Am J Sports Med. 1994;22(1):105-112. |
2) |
Shelburne KB, Kim HJ, Pandy MG, et al. Effect of posterior tibial slope on knee biomechanics during functional activity. J Orthop Res. 2011;29(2):223-231. |
3) |
Imhoff FB, Comer B, Mehl JT, et al. Effect of Slope and Varus Correction High Tibial Osteotomy in the ACL-Deficient and ACL-Reconstructed Knee on Kinematics and ACL Graft Force: A Biomechanical Analysis. Am J Sports Med. 2021 Feb;49(2):410-416. |
4) |
Salmon LJ, Heath E, Pinczewski LA, et al. 20-year outcomes of anterior cruciate ligament reconstruction with hamstring tendon autograft: The catastrophic effect of age and posterior tibial slope. Am J Sports Med 2018;3:531-543. |
5) |
Dejour D, Saffarini M, Demey G, Baverel L. Tibial slope correction combined with second revision ACL produces good knee stability and reduces graft rupture. Knee Surg Sports Traumatol Arthosc 2015;10:2846-2852. |
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Key words: |
anterior cruciate ligament
posterior tibial slope
anterior closing wedge osteotomy |
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