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はじめに |
ダウン症候群における整形外科的合併症には、筋緊張低下、関節弛緩性、環軸椎亜脱臼、股関節脱臼、外反偏平足など様々なものがあるが、膝蓋骨脱臼も忘れてはならない合併症の一つである.その治療法としては、保存的治療のほかに、骨端線閉鎖前であればproximal realignment、骨端線閉鎖後であればdistal realignmentを適宜追加するとされているが、ダウン症候群に伴う膝蓋骨脱臼に対する内側膝蓋大腿靭帯(MPFL)再建術の報告は少ない.今回、我々はダウン症候群の症例に外傷を契機として生じた恒久性膝蓋骨脱臼に対し、MPFL再建術を施行し、良好な経過を辿った一例を経験したので報告する. |
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症 例 |
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患者 |
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35歳女性 |
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主訴 |
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右膝疼痛および歩行障害 |
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既往歴 |
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生下時よりダウン症候群と診断され、4歳時、ファロー四徴症にて手術を受けている. |
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現病歴 |
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2012年10月、職業訓練校にて転倒.翌日、膝蓋骨が外れることを自覚し近医を受診した.保存加療を施行されたが1か月後、訓練校の看護師に膝蓋骨脱臼を指摘され他院を受診、2週間のギプス固定を受けたが脱臼が整復されない為、当院紹介となった. |
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理学所見 |
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膝全体に腫脹を認め、関節可動域は伸展‐5度、屈曲60度と著明な可動域制限を認めた.膝蓋骨は全可動域で外方に脱臼しており、整復しようとしても整復不能なDugdale分類gradeV1)であった.歩行は、患肢を支持脚にできない為、ゆっくりと恐る恐るのみ可能であった. |
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画像所見 |
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X線軸写像では、膝蓋骨は外方に完全脱臼していた.反対側膝蓋骨も亜脱臼位にあった(図1).側面像では、Dejourの分類でType Dの大腿骨顆部低形成を認め、Insall-Salvati ratioは1.3と膝蓋骨高位を認めた(図2).CTでは、tibial tubercle-trochlear groove (TT-TG) distanceは28mmであった. 以上の所見より、外傷後の恒久性膝蓋骨脱臼と診断し、2013年1月手術を施行した. |
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手術 |
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手術に際し、まず関節鏡を施行した.膝蓋骨は全可動域で外方に脱臼しており、徒手的に整復不可能であった.また膝蓋骨外側の関節包に白く硬い瘢痕様の束状物をみとめ、鏡視下に束状物を切除した(図3).鵞足部より半腱様筋腱を採取し、遠位側20cmを二つ折りにし、自由端にFiberWire®およびTigerWire®(Arthrex, Naples, FL)をKrackow sutureした.膝蓋骨内側縁の中央部とその5mm近位に径1.8mmのK-wireを膝蓋骨外側に向けて刺入し、径4.5mmのドリルにて深さ15mmの骨ソケットを作成した.次に大腿骨内側上顆近位後方より、大腿骨外側の骨皮質に向け径2.4mmのK-wireを刺入し、径5.0mmのドリルにて深さ40mmまでオーバードリルを施行した.オーバードリル前にレントゲンコントロールにより至適位置に骨孔が作成されていること、Isometer®(Smith & Nephew, Andover, MA)にて膝関節全可動域で膝蓋骨・大腿骨骨孔間距離が2mm以内になることを確認した.その後、移植腱を膝蓋骨骨ソケットに挿入し、ENDOBUTTON®(Smith&Nephew, Andover, MA)にて固定した.移植腱のループ側にあらかじめ取り付けておいたToggleloc®(Biomet Sports Medicine, Warsaw, IN)を大腿骨顆部外側に固定し、膝屈曲45度で膝蓋骨が大腿骨顆部上に整復されるまで、移植腱を骨孔内に導入した. |
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術後経過 |
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手術後2週間のニーブレイス固定後、可動域訓練を開始した.術後3週より部分荷重を行い、4週で全荷重歩行を許可したが、通常歩行ができるまで6週を要した.手術後1年では、可動域は正常で、apprehension sign陰性、自転車にも乗れるようになり、受傷前のADLに戻っている. |
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考察 |
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ダウン症候群に様々な整形外科的疾患が合併することは広く知られているが、膝蓋骨脱臼は、比較的疼痛が少なく歩行が可能であることが多いこと、またダウン症候群に伴う知的障害のため愁訴をうまく伝えられないことより、もっとも発見が遅れやすい整形外科的合併症とされている2).丸山らは、ダウン症候群の患者34膝を調査した結果、恒久性膝蓋骨脱臼が2膝、習慣性膝蓋骨脱臼が1膝、膝蓋骨亜脱臼が6膝にみられたと報告している3).本症例は、受傷前のレントゲンがないため推測の域を出ないが、手術後ADLが回復していることより、もともと亜脱臼であったのが外傷性に脱臼しそのまま放置されたため、外側支帯が短縮し恒久性脱臼になったと考えられるが、そのような報告はない.
治療方法については、精神発達遅滞や関節弛緩などダウン症候群に特有の背景を考慮しながら治療方針を決定する必要がある.松末らは、ダウン症候群に伴う習慣性膝蓋骨脱臼の患者に対し、Palumbo装具を装着し良好な結果と得たと報告している4).その要因として、それほどADLが高くないこと、患者が素直に装具を装着し続けたことを述べている.しかし彼らは、Dugdale1)の装具療法は恒久性脱臼にはほとんど効果がないという報告を引用し、装具療法は比較的軽症の脱臼に対してまず試みてよい方法と結論している.手術治療の報告は、骨端線閉鎖前の症例では、Roux-Goldthwait法、Green法、Stanisavljevic法、medial plication、大腿四頭筋延長術などの報告があり、骨端線閉鎖後の症例にはHauser変法、Elmslie-Trillat法などの報告があるが、MPFL再建術の報告は窪田ら5)のダウン症に伴う反復性膝蓋骨脱臼の1例のみであり、恒久性膝蓋骨脱臼に対するMPFL再建術の報告はない.本症例の病態を考慮すると、外傷によりMPFLが断裂するとともに膝蓋骨が脱臼し、それが放置されたことにより外側支帯が短縮し恒久性となったと考えられるため、外側の瘢痕様の束状物の切除とMPFL再建術の併用が妥当であると考えられる.脛骨粗面移動術については、TT-TGが28mmと大きいこと、膝蓋骨高位があることより、術前にその併用を検討した。しかし、患者背景を考慮すると侵襲の大きな手術は可能な限り避けたい、関節弛緩があるため脛骨粗面内方移動術による膝蓋骨内方脱臼の危険性を考慮し、それ以上の追加手術は行わずに良好な結果を得ることができた.本症例で使用した大腿骨側の靭帯固定具Toggleloc®(Biomet Sports Medicine, Warsaw, IN)は、短縮調整型であり膝蓋大腿関節のトラッキングを確認しながら、徐々に膝蓋骨を整復操作することが可能である.本症例では、膝蓋骨を整復後、トラッキングを確認し、全可動域にて膝蓋大腿関節の適合性が良好であることを確認できたのも脛骨粗面移動術を追加施行しなかった理由である. |
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まとめ |
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外傷を契機としたダウン症候群に伴う恒久性膝蓋骨脱臼を経験した。内側膝蓋大腿靭帯(MPFL)再建術+外側支帯解離術にて、良好な結果を得られたが、手術方法においては患者背景の考慮、術中トラッキングの確認が重要である. |
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参考文献 |
1) |
Dugdale TW, Renshaw TS. Instability of patellofemoral joint in Down syndrome. J Bone Joint Surg 68-A:405-13, 1986 |
2) |
田中弘志. ダウン症の整形外科的合併症. J of Clin Rehabilitation. 20(6):535-40, 2011 |
3) |
丸山祐一郎、桜庭景植、山内裕雄ほか. Down症候群における膝蓋大腿関節障害. 整・災外37:1485-90, 1994 |
4) |
松末吉隆、上尾豊二、山室隆夫ほか, Down症候群における膝蓋骨脱臼について, 関西関節鏡・膝2:59-62, 1991 |
5) |
窪田秀次郎、井上元保、野村栄貴, Down症候群に合併した反復性膝蓋骨脱臼に対し内側膝蓋大腿再建術を施行した1例, 整形外科61:1017-9, 2010 |
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Key words: |
Down’s syndrome |
Key words: |
Permanent patellar dislocation |
Key words: |
Medial patellofemoral ligament reconstruction |
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