関西関節鏡・膝研究会誌ーOnline Journal
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 はじめに
 脂肪腫は良性軟部腫瘍の中で最も頻度の高い腫瘍であるが、膝関節内孤立性脂肪腫はまれな疾患である。今回われわれは、その1例を経験したので報告する。
 症 例
患者
  68歳女性
主訴
  右膝関節の腫瘤

既往歴・家族歴

  特記すべき事項なし。
現病歴
  約1年前から、右膝関節前面内側の腫瘤に気付き、某整形外科医院を受診した。精査・加療を目的に当科へ紹介受診となった。
初診時所見
  右大腿遠位内側に弾性軟、鶏卵大の腫瘤を触知した。皮膚との癒着はなく、熱感、圧痛、血管雑音も認めなかった。膝蓋跳動、軋轢音、半月板徴候をいずれも認めなかった。関節可動域は伸展0度、屈曲130度で、健側と比較し10度の制限を認めた。
血液尿検査所見
  特記すべき事項なし。
画像所見
  単純]線像上、大腿遠位内側に一部石灰化を伴う、高い透過性陰影を示す軟部組織の腫大を認めた(図1)。単純CT像では膝蓋大腿関節内側に境界明瞭で内部均一、皮下脂肪と同じCT値を示す腫瘤を認めた。造影効果は認めなかった。MRIでは、CT像と同部位にT1およびT2強調像で皮下脂肪と同じ高信号を示し、脂肪抑制像で抑制を受ける腫瘤を認めた(図2)。Gdによる造影効果は認めなかった。Gaシンチグラムで異常集積像は認めなかった。
以上の所見から、関節内孤立性脂肪腫、樹枝状脂肪腫、高分化型脂肪肉腫を疑い、小切開による生検術を行った。病理組織所見では悪性所見を認めず、良性脂肪腫である可能性が強く示唆された。これに対して関節切開による腫瘍摘出術を行った。
術中所見
  内側傍膝蓋骨侵入で関節切開を加えた。腫瘍は白色の線維性被膜に覆われ、表面平滑、弾性軟であり、膝蓋上包内側壁の滑膜下組織より発生していた。腫瘍外側部は膝蓋大腿関節裂隙に位置し、腫瘍内側部は関節包を伴って内側へ膨隆していた(図3)。これを一塊として切除した。大きさは、85×40×55mm、重量70gであった。
病理組織所見
  腫瘍内部は薄い線維性結合組織で区画されており、空胞状細胞質を有し、偏在した三日月状の核を持つ成熟脂肪細胞の増生を認めた。また、腫瘍内部辺縁に軟骨内に骨組織を認める部分があり、これが単純X線像で認めた骨化巣と考えた(図4)。腫瘍被膜は、薄い線維性結合組織で構成されていた。
術後経過
  術後10ヵ月を経過した現在、関節可動域制限はなく、腫瘍の再発も認めていない。
図2-1 「初診時単純MRI
(T2強調像)」
図2-2 「初診時単純MRI
(脂肪抑制像)」
図4-1 「病理組織所見
(HE染色, ×40)」
図4-2 「病理組織所見
(HE染色, ×40)」
 考 察
 脂肪腫は良性軟部腫瘍の20〜30%を占める、最も頻度が高い腫瘍である。しかし、膝関節内に発生する脂肪腫の報告は少ない。Coventryらは1945年から1964年まで行った膝関節切開術約4,000例のうち、95例(約2.5%)に腫瘍性疾患を認め、その中で脂肪腫は8例(約0.2%)であったとしている1)。
 Jaffeによると、膝関節内の脂肪腫には孤立性脂肪腫と樹枝状脂肪腫の2種類があり2)、その後の報告も両者を区別したものが多い。それらの報告によると、両者の組織は成熟脂肪細胞の増殖という点では同一である。しかし、孤立性脂肪腫が滑膜脂肪から孤立性限局性に発育した真の腫瘍であるのに対し、樹枝状脂肪腫は炎症・外傷による慢性炎症の結果、滑膜が樹枝状・乳頭状に反応性増殖を生じたものであり、真の腫瘍ではない。今回われわれが経験した症例では、明らかな外傷や関節内の炎症はなく、乳頭状の滑膜増殖も認めなかったことから、孤立性脂肪腫と診断した。
 本邦での膝関節内孤立性脂肪腫の報告は、われわれが渉猟し得た範囲では1963年の山田らの報告をはじめとして12例であった。好発部位は膝蓋下脂肪体、膝蓋上包、後方関節包の脂肪層であり、自験例を含め膝蓋上包から発生したものが多い。症状は腫瘤の自覚のほか、インピンジメントによる疼痛、可動域制限、ひっかかり感などであるが、必ずしも出現しない場合もある。
 自験例では高分化型脂肪肉腫との鑑別のため、生検を行った。その結果、高分化型脂肪肉腫でみられる脂肪芽細胞や異型巨細胞の出現、細胞分裂像を認めなかった。高分化型脂肪肉腫は、CT、MRI上、腫瘍内部に造影効果をもつ線状の線維性構造を認めるとされているものの、画像所見のみから鑑別をするのは困難である。この種の腫瘍は、確実な切除術が行われると、転移再発の頻度は非常に低いが、手術が不十分な場合、再発の頻度が高く、まれには転移や脱分化を起こして生命予後に関わることがある。したがって、良性脂肪腫を疑った場合、生検を行うにせよ、一期的摘出を行うにせよ、病理組織学的診断によって、高分化型脂肪肉腫を除外することは必須であると考える。
 また、自験例のように脂肪腫内に軟骨・骨組織を認める症例はまれであり、Allenらは635例中6例(0.9%)の脂肪腫に骨化を認めたと報告している3)。脂肪腫の骨化機序については、長い臨床経過を有する症例の腫瘍部への外傷などが機転となり生じるとした報告4)や、未分化な間葉系成分に由来すると推測し、線維性組織の化生変化であるとした報告5)などがある。これらの症例は概して、長期の経過をとった大きな腫瘍に多い。自験例は、自覚的には約1年の経過であるが、より長期に存在していたものと考える。
 まとめ
骨化を伴った膝関節内孤立性脂肪腫の1例を経験したので報告した。
 参考文献
1) Coventry MB, Harrison EG, Martin JF: Benign synovial tumors of the knee; a diagnostic problem. J Bone Joint Surg, 48-A: 1350-1358, 1966.
2) Jaffe HL. Tumors and Tumorous Conditions of the Bones and Joints. Philadelphia: Lea and Febiger; 1958, p574-575.
3) Allen PW. Tumors and proliferations of adipose tissue. New York: Masson; 1981, p37-40.
4) Murphy NB: Ossifying lipoma. Br J Radiol, 47: 97-98, 1974.
5) Katzer B: Histopathology of rare chondroosteoblastic metaplasia in benign lipomas. Pathol Res Pract, 184: 437-443, 1989.
Key words:lipoma, knee joint, ossification

Copyright 2003 Kansai Artroscopy and Knee Society